京都地方裁判所 昭和25年(ワ)970号 判決
原告 三京石炭株式会社
被告 山城無盡株式会社
一、主 文
被告会社が訴外神田晴美に対する京都地方法務局所属公証人本多芳郎作成第四六三三四号執行力ある公正証書正本に基き昭和二十五年七月十八日別紙目録記載物件に対し為したる強制競売は之を許さぬ。
訴訟費用は被告会社の負担とする。
当裁判所が本件に付き同年九月十八日に為したる強制競売停止決定は之を認可する。
前項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
原告会社訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求原因として被告会社は主文第一項掲記の債務名義に基き別紙目録物件を訴外神田晴美所有に係るものなりとしてこの物件に対し京都地方裁判所に対し強制競売の申立を為し、同裁判所は昭和二十五年(ヌ)第一〇号を以て同年七月十八日その開始決定をした。
しかるにこの物件に付ては同年三月三十日訴外合資会社三栄商会と訴外神田晴美間に京都地方法務局所属公証人生駒純作成第五二六九二号を以て信託的譲渡担保付金銭消費貸借公正契約が為されその契約条項第八条第十三条によると右物件所有者訴外神田晴美が借受金の弁済期たる同年四月二十八日迄に借受金を訴外会社に返済しないときは訴外会社は通知催告等の手続を要せずして本件物件に付き代物弁済として所有権移転の本登記を申請することを得べきこととなつておりなお訴外会社のため三月三十一日付で右停止条件付所有権移転の請求権を保全する仮登記が為されていたものであるが、訴外神田晴美は同年四月二十八日の弁済期に訴外会社に借受金の弁済をしなかつたので停止条件はここに成就したところ、原告会社は同年五月二日右公正契約上訴外会社の有する一切の権利を訴外会社より譲受け且つその登記をした。
そこで本件物件につき訴外神田晴美より訴外会社え従て又訴外会社の承継人たる原告会社えの所有権移転の停止条件は既に成就しているから、原告会社は右条件成就を原因として所有権移転の本登記を同年八月二十八日に為したところ、この登記手続に於て登記原因を誤つて同年五月四日附売買としたが之は全く錯誤によるものであつたから、同年九月十六日所有権移転登記原因の更正登記を為して右移転原因五月四日売買なる記載を抹消し、その代りに同年四月二十八日代物弁済なる旨登記せられた。
よつて原告会社が為した本件物件の所有権移転本登記の効力は右四月二十八日迄遡るものであるからその後同年七月十八日被告会社の為した強制競売申立に優先するものであつて右物件は会社よりその訴外神田晴美に対する債権のため強制執行として競売せられるべき筋合でないからその競売の不許を求める為め本訴異議に及ぶ旨陳述し、被告会社の答弁に対し本訴物件についての訴外神田晴美より合資会社三栄商会を経て原告会社えの所有権移転は仮登記権利についての条件が成就したもので、従て仮登記を本登記に直したものであるから、被告会社主張の登記簿中段(仮登記欄の次の余白)に記載されて当然である。只右本登記に於て登記原因を同年五月四日売買と記載されているのは之全く登記手続の錯誤に基いたものであるから同年九月十六日更正登記により右登記原因に関する記載は朱抹され登記原因は同年四月二十八日の代物弁済と更正されているのであるから原告会社はその所有権を被告会社に対抗し得べきものであると述べた。<立証省略>
被告会社訴訟代理人は原告会社の請求は之を棄却する。訴訟費用は原告会社の負担とする。との判決を求め答弁として被告会社が原告会社主張の債務名義に基きその主張の物件に対し強制競売の申立を為し京都地方裁判所昭和二五年(ヌ)第一〇号として昭和二十五年七月十八日競売開始決定が為された事実はこれを認める。又この物件に付き訴外合資会社三栄商会が原告会社主張のような仮登記をしている事実も之を認める。その余の原告主張事実は不知である。被告会社が訴外神田晴美に対する強制執行として本件物件に対し強制競売の申立をしたのは昭和二十五年七月十八日であること前記の通りで同日付その旨の登記が為されている。しかるに原告会社は同年五月四日本訴物件を右訴外人から売買により譲渡を受けた模様でこれを原因として同年八月二十八日に所有権移転登記を経由しているのであつてこの所有権移転は被告会社に対抗し得ないものである。本件物件に関する登記簿謄本(甲第一号証の一及二)によればその各甲区欄中段に移転として原告会社が所有権を取得したような記載があるが、これに関する登記は全く地方法務局の誤記であつてこの登記は売買によるものであり仮登記権利についての条件が成就したものではなく、従て仮登記を本登記に直したものではないからこの欄に記載すべきものではなく被告会社の強制競売申立登記の後に為されねばならぬものである。以上の通り原告会社の所有権取得の登記は被告会社の競売申立登記に後れて為されたものであるからたとい原告会社に於て本訴物件につき所有権を取得したとしてもこれを以て被告会社に対抗し得ないものである。よつて本訴請求に応ずることは出来ない。と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告会社が訴外神田晴美に対する京都地方法務局所属公証人本多芳郎作成第四六三三四号執行力ある公正証書正本に基き昭和二十五年七月十八日京都地方裁判所に対し別紙目録記載物件に対し強制競売の申立を為し同庁同年(ヌ)第一〇号を以て同日その開始決定が為された事実及びこの物件については同年三月三十一日訴外合資会社三栄商会と訴外神田晴美間に京都地方法務局所属公証人生駒純作成第五二六九二号信託的譲渡担保付金銭貸借公正契約が締結され、この契約によつて三栄商会の為め停止条件付所有権移転請求権保全仮登記が為されている事実はいずれも当事者間に争がない。
而してその余の原告主張事実即ち右公正契約に云う停止条件付所有権移転とは訴外神田晴美が三栄商会に対しその借受金を弁済期たる同年四月二十八日迄に返済しないことにより本件物件を借受金の代物弁済としたものと看做さるべきことを云うものであること、同訴外人は弁済期に弁済をしなかつたので同日停止条件は成就し三栄商会は本件物件につき所有権を取得し右仮登記に基き本登記を請求し得るに至つたこと、原告会社は同年五月二日右公正契約上三栄商会の有する一切の権利を訴外会社より譲受け且その登記をしたこと、原告会社は右条件の成就を原因として所有権移転の本登記を同年八月二十八日為したところこの登記手続に於て登記原因を誤つて同年五月四日附売買として申請したのでその旨誤つた登記が為されたが之は全く錯誤によるものであつたから同年九月十六日所有権移転登記原因の更正登記を為し右「移転原因同年五月四日」なる記載を抹消しその代りに同年四月十八日代物弁済なる旨登記せられたこと、以上の事実はいずれも成立に争いない甲号各証により認め得られる。被告の立証によつては右認定を左右しない。そうすると原告会社の本件物件に対する所有権は之を訴外三栄商会より取得した同年五月二日に遡つて第三者に対抗し得べきことは仮登記の性質上当然なりと云うべきである。
被告は本件物件に関する登記簿謄本(甲第一号証の一、二及甲第四号証の一、二)の各甲区欄中段の「移転」として原告会社が所有権を取得した旨の記載は売買による所有権移転であり仮登記権利の条件成就でないからこの欄に記載すべきものでなく被告会社の競売申立登記の後に為さるべきであるから此の登記あるの故を以て原告会社の所有権の対抗力が遡及するの理はないと抗争するので考えて見るに、原告会社が本件物件につき所有権移転登記申請を為すにつき登記原因を前記昭和二十五年五月四日の売買として申請したことは前記の通りであり、従て右本登記は本来その申請は八月二十八日なるため被告会社の競売申立(七月十八日)より後れて登記せらるべきものであり、従て若し右登記が前記仮登記と関係なく独立の登記である限り被告会社主張の通り斯る登記を経由し遡及して対抗力を取得するに由なきものであつて、偶誤つてその登記が仮登記欄の次の余白に為されてもその効力に差異はない。而しながら本件に於ては原告会社は決して仮登記とは別に本登記を申請する積りであつたのではなく、仮登記権利についての四月二十八日付条件成就を登記原因として本登記を申請すべきところを誤つて五月四日付売買として本登記申請をしたにすぎないものであり、従て改めて後に更正登記を申請し右誤謬は更正されたことは既に前記の如く甲号各証(特に甲第三号証中の但書部分参照)により明かであるから、右更正登記にして有効なる限り原告会社がその所有権を取得当時(五月二日)に遡つて対抗するに妨なしと解すべきである。而して更正登記に付き登記上利害関係ある第三者ある場合にはその承諾書又はこれに対抗し得べき裁判の謄本を添付して申請することを要することは不動産登記法の明定するところであり、本件申請について斯る承諾書や裁判謄本の添付のあつたことにつき原告会社は何等の主張をしないので斯るものの添付はなかつたと認むべきであるが、右に所謂「登記上利害関係ある第三者」とは登記の形式から見て更正登記によつて不測の損害を被るべき地位にある第三者と解すべきものであるところ、元来停止条件付所有権移転請求権保全仮登記のしてある物件につき何等かの取引その他の権利関係に入るものは後日停止条件が成就した場合その条件成就により権利を取得した者よりその所有権を主張せられることは当然予想し得らるべき地位にあるものであるから右の如き本登記に関する錯誤を更正するについていわゆる「登記上利害関係ある第三者」には該当しないものと解するを相当とする。従て前記更正登記申請に付き承諾書や裁判の謄本の添付なきの故を以て更正登記を無効なりと云うを得ない。よつて被告会社の右の主張は理由なきものと判断するの外はない。
以上の如く本件物件についての原告会社の所有権取得に関する登記は後日更正せられ仮登記に基く本登記としての効力を有するに至つたのであるが、右登記はなお軽微なる瑕疵を止めている。即ち前記登記は甲区中段移転欄の「原因同年五月四日売買」は朱抹され「同年四月二十八日代物弁済と更正」されたこと前記の通りであるが、四月二十八日代物弁済によつて所有権を取得するのは原告会社ではなく訴外三栄会社なることは原告の主張自体明瞭(原告会社が権利を譲受けたのは五月二日)なるに拘らず前記甲区中段移転欄には取得者として原告会社を表示してあることは少くとも権利の移転関係をそのまま反映していない記載なりと云うべきである。而しながら不動産登記は必ずしも権利移転の関係をそのまま如実に反映することを要するものでなく登記の目的は現実の権利関係を公証することにありその原因が例えば真実売買なるに贈与とされてもなお有効なるが如く又中間省略登記も適法とせられているのであるから本件に於ける右の如き軽微な瑕疵は登記の効力そのものを左右するものではないと思う。
以上の説明により原告会社の請求は正当であり本件物件はその所有に属し被告会社より訴外神田晴美の債務の為め競売せらるべき筋合のものでないこと明かであるから原告の本訴請求を正当として認容し訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条強制執行停止決定認可及び仮執行宣言につき同法第五百四十九条を適用し主文の通り判決した。
(裁判官 宅間達彦)